金属磁性の電界制御

●背景:強磁性金属における磁性の電界変調

磁性半導体の磁性の電界制御に加えて、磁性材料にCoFeB(コバルト・鉄・ホウ素)という材料を用いた金属磁性の電界制御の研究も行っています。磁性の電界制御の手法は磁性半導体で行ってきたものと同様です。しかし、CoFeB室温で強磁性であることに加えて、ハードディスクの読み取りヘッド等に用いられる、トンネル磁気抵抗素子の材料であるため、デバイス応用が容易という特長があります。

 

●実験結果:CoFeBの磁気特性の電界変調[1][2]

素子構造
左の模式図のように素子は絶縁膜を上下の金属層で挟んだコンデンサ構造になっています。片側の電極にCoFeBを用いて、電極間に電圧を印加することにより、CoFeB層の磁気特性が変化します。磁気特性は矢印の方向に外部磁界m0H を印加したときに誘起される磁性層の磁化の大きさにより評価します。

磁気特性の電界変調
左の図は試料の磁気特性を測定した結果です。横軸が試料に対して垂直に印加した磁界、縦軸が試料の垂直方向の磁化に比例する量です。
 まずグラフ中黒い線に注目してください。黒い線は電圧を印加していないときの磁気特性です。図のようにスクウェアなヒステリシスを描く場合には、印加した磁界方向に磁化が向きやすい性質があり、この材料は薄膜の面に対して垂直方向に磁化しやすいことが分かります。このように磁化の向きやすさの方向による異なりを「磁気異方性」と呼びます。
 次に電圧を印加したときの磁気特性に注目してください。印加する電圧Vgate+10 Vにすると(赤)、保磁力(磁化ゼロの点)が小さくなります。これは電圧を印加しない状態(黒)に比べて垂直方向に磁化が向きにくくなることを意味しています。逆に、Vgateに負電圧を印加した時(青)には面直方向に磁化が向きやすくなることが分かります。この結果から電界によりCoFeBの磁気異方性が制御可能であることがわかります。

 

●応用:電界による磁化反転[3]

電界誘起磁化反転
金属磁性の電界制御を用いたデバイス応用の一例として、電界による磁化反転を応用した磁気記録方式が考えられます。この手法による磁化反転は、近年注目されている、スピン注入磁化反転方式と比較しても、さらに千倍程度消費電力が小さくなることが予想されており、超低消費電力デバイスの実現が期待されています。

電界誘起磁化反転の原理
まず垂直磁化容易の膜を用意します。垂直磁化容易とは、その名の通り垂直方向に磁化しやすい磁気異方性のことです。磁化は放っておくと垂直方向の二つ(上と下)のどちらかのエネルギ安定点へ向きます。ここでは最初に上向きに磁化をセットしたとします。

次に電圧を印加します。上手に膜を作成すると、上で説明した電界による磁気異方性の変調により、エネルギ安定点が膜面垂直から、膜面平行方向へ変化します。非常に短い時間で見ると、磁化はエネルギ安定点の方向へ直行するわけではなく、歳差運動しながら、徐々にエネルギ安定点へ緩和してきます。

この回転がちょうど半周期になったところで再び電圧をゼロに戻します。すると、再び垂直磁化容易になります。先ほど述べたように、エネルギ安定点は上下に二つありますので、下向きに近いところで電圧を切ると磁化は下向きに戻りやすくなります。

行ったことをまとめると
・電界印加により磁気異方性を変調
・磁化の安定点を垂直から平行方向に制御
・歳差運動の誘起
・電界を切り垂直下向きに磁化を戻す
であり、このようにして電界誘起の磁化反転が行われます。

実験結果
上の原理を実証するため、我々は垂直磁化容易磁性膜では世界で初めて電界誘起磁化反転を行いました。左図は実際に測定した、磁化が反転する確率を示した図です。横軸が印加した定常磁界(面内磁化容易を用意するのに用います)、縦軸が電界を印加して、面内磁化容易を実現する時間です。磁化は電界を印加している間に歳差運動をします。電界を切った時に磁化が上のエネルギ安定点に近い時には上に戻りやすく、下の安定点に近い時には下に収束しやすいため、電界を印加する時間によって、磁化反転確率が振動することを示しています。

 

●今後の展望

金属磁性の電界効果は2007年に発見された現象で、未解明の特性や現象もまだ多い研究テーマです。物理的に興味深いテーマであることに加えて、応用上大きな意義を持ち、近年研究人口が増えつつあります。

今後の研究課題として
・磁気特性の電界効果を大きく示す素子作成条件などの材料探索
・電界効果の起源の物理的起源の理解
・超低消費電力デバイスへの応用
などがあり、これらを目指して日々研究を行っています。

 

●参考文献(学内からのアクセスの場合、論文の閲覧が可能です。)

[1] Masaki Endo, Shun Kanai, Shoji Ikeda, Fumihiro Matsukura, and Hideo Ohno, Applied Physics Letters 96, 212503 (2010).
[2] Shun Kanai, Masaki Endo, Shoji Ikeda, Fumihiro Matsukura, and Hideo Ohno, Journal of Physics: Conference Series 266, 012092 (2011).
[3] Shun Kanai, Michihiko Yamanouchi, Shoji Ikeda, Yoshinobu Nakatani, Fumihiro Matsukura, and Hideo Ohno, Applied Physics Letters 101, 122403 (2012).

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