強磁性半導体(Ga,Mn)Asにおける
磁壁移動

 

●はじめに

背景

磁気メモリデバイスでは、高密度化による微細化にともなって磁化反転に必要な磁界が増加するため、磁界を用いずに電気的に磁化を反転させる手法が注目されています。更に、磁化反転に必要な電流密度は磁化の大きさに比例するため、(Ga,Mn)Asでは金属と比べて1-2桁低い電流密度で磁壁を移動させることができます。我々のグループでは、
・強磁性半導体(Ga,Mn)Asにおける電流誘起磁壁移動(電流による磁壁移動)の研究
・強磁性半導体(Ga,Mn)Asにおける磁界誘起磁壁移動(磁界による磁壁移動)の研究
を行い、磁壁移動の物理機構を理解するため日夜研究を行っています。

磁壁とは?

(Ga,Mn)Asにおいて磁化の担い手となる、局在スピンの方向が揃っている領域がありその領域を磁区と呼びます。磁区と磁区との境界では磁化の方向に不連続があるため、磁化方向は空間的に徐々に変化しています。磁化方向が変化する遷移領域のことを磁壁と呼びます。磁壁を移動させれば、一方の磁区が小さくなり、他方の磁区が大きくなるため、磁壁が通過した領域の磁化は反転します。


1. 磁壁の模式図

 

 

●素子構造

試料構造
試料は分子線エピタキシ法により成長しました。試料構造は2(a)のようになっています。(In,Al)Asバッファ層は(Ga,Mn)As層の磁化容易軸を膜面垂直方向にするために成長しました。(Ga,Mn)As層の強磁性転移温度TC115 K程度です。試料を幅 5 µmのチャネル構造に加工した後、(Ga,Mn)As表面のエッチングによって2(b)のような(Ga,Mn)As膜厚の異なる二つの領域を作製しました。 (Ga,Mn)Asでは表面をエッチングすると、保磁力(磁化反転に必要な磁界)が変化します。本実験で用いた素子においては、保磁力の大きさは領域(II) < 領域(III)< 領域(I)の順になっています。そのため領域(II)(III)の保磁力より大きく領域(I)の保磁力より小さい磁界を印加すれば、領域(I)(II)の境界に磁壁を用意(初期配置)することができます。磁壁のエネルギは磁壁の面積に比例するため、膜厚の薄い領域(II)に磁壁を閉じこめことができるのです。

http://www.ohno.riec.tohoku.ac.jp/japanese/overview-file/j_CIDWM3/device2j.png

http://www.ohno.riec.tohoku.ac.jp/japanese/overview-file/j_CIDWM3/device2j.png

2.(a) 試料構造の模式図。(b) 電流誘起磁壁移動速度を測定するための素子の模式図。

 

 

 

●電流誘起磁壁移動

電流誘起磁壁スイッチング[1]

チャネルに電流パルスを印加して磁壁を移動させ、電流パルス印加後の磁区像をKerr効果偏光顕微鏡で観察しました。図3左図にある磁区像において、チャネル上の暗い領域が裏から表方向の磁化をもつ磁区に対応し、白い領域が逆方の磁化をもつ磁区を表します。その磁区と磁区の境界が磁壁を表します。まず外部磁界で領域(I)(II)の境界に磁壁を初期配置し、外部磁界をゼロとしました。この状態を初期状態とします。3の磁区像(a)から、初期状態において、確かに領域(I)(II)の境界に磁壁を用意できていることが分かります。この状態で右から左方向に電流パルスを印加した後の磁区像が(b)です。この図から磁壁は領域(II)の右側の境界に移動していることが分かります。さらに続けて、逆方向に電流パルスを印加すると磁壁は領域(II)の左側の境界、すなわち初期状態に戻っていることが分かります。以上から、図2に示したような構造では外部磁界を用いずに領域(II)の磁化を電流で再現性良く反転できることが分かります。

3. Kerr効果偏光顕微鏡による磁区像(左図)とその模式図(右図)

初期状態の磁区像(a)及び電流を印加した後の磁区像(b),(c)

磁区像においてチャネル上の暗い領域は裏から表方向の磁化を表しています。

 

電流誘起磁壁移動速度[2]

磁壁移動にはある決まった速度があります。これを磁壁移動速度と呼び、一定の電流密度下では磁界と温度の関数となります。磁壁移動速度の測定を行いました。素子は図4(a)のような(Ga,Mn)As段差構造です。領域(I)(II)の保磁力に差があることを利用して外部磁界により段差境界に磁壁を初期配置しました。 そして、図(b)の矢印の方向に電流パルスを印加して磁壁を移動させました。図(b)で示す磁区像は、磁壁移動によって磁壁が通過した領域のコントラストが変化した像で、 電流パルス印加後の磁区像がパルス幅wpに依存する様子がわかります。左列は初期状態において、領域(I)の磁化が画面表から裏方向を向き、 領域(II)の磁化が逆方向を向いています。右列は初期状態が左列とは逆の磁区配置になっています。 白い(黒い)領域は磁壁の移動によって磁化方向が画面裏から表(表から裏)方向に変化した領域を表しています。 左右どちらの磁区配置においても、磁壁は電流と逆方向に移動していることがわかります。 図(b)のコントラストが変化した領域の面積をチャネルの幅で除じたものを磁壁の移動距離deffとして、 これをwpに対してプロットすると、図(c)のようにほぼ線形に変化することがわかりました。 そこで、この傾きを磁壁の移動速度(veff)としました。

4. (a)磁壁移動速度を測定するために作製した(Ga,Mn)As段差構造の写真(a上図) と断面図(a下図)[1] (b)周囲温度100 K、電流密度4.3x105A/cm2でパルス幅の異なる電流パルスを印加した後の磁区像。 左右の磁区像で初期磁区配置が異なり、左()列の領域(I)の初期磁区配置は磁化が画面表から裏(裏から表)方向。磁区像の白い(黒い)領域が、電流パルスを印加することによって磁壁が移動し、磁区の配置が変化した領域。(c)磁壁の移動距離deffのパルス幅依存性。

 

 

このようにして決定した磁壁移動速度の温度および電流密度依存性が図5です。グラフより磁壁移動が始まるためにはある閾値以上の電流密度の印加が必要であり、 それ以上の電流密度においてveffは電流密度に対して線形に変化すること、温度が高いほど閾値電流密度が小さいことが分かります。温度107 K、電流密度1.2x106 A/cm2において最高で22 m/sの磁壁移動速度を得ました。


5.磁壁移動速度の電流密度依存性[2]

 

 

 

●磁界誘起磁壁移動

クリープ領域における磁界誘起磁壁移動[3]

上で述べたように、磁壁移動には閾値以上の電流印加が必要ですが、実際には閾値電流以下やデピニング磁界でもクリープ運動により磁壁は磁界により誘起され、移動します。電流誘起磁壁移動と同様の素子を用いて、磁界誘起磁壁移動速度の温度依存性を測定しました。図6左のグラフは上下で2種類の異なるサンプルにおける磁界誘起磁壁移動速度の温度依存性を測定した様子を示しています。電流誘起磁壁移動の際と同様に、高温ほど磁壁移動速度が大きいことが分かります。上下の二つのグラフはバッファが異なる二つのサンプルでの結果で、バッファにより磁壁移動の様子が異なることが分かります。図6右図は、バッファにより、膜の平坦性が大きく異なることが分かり、磁壁移動はバッファの平坦性に依存することが実験的に確かめられました。


図 6. (左)磁壁駆動速度の外部磁界依存性(右) (Ga,Mn)As表面のAFM[3]
sampleA
(In,Al)As多層バッファ、sampleB(In,Ga)Asバッファを持つ。

 

●参考文献(学内アクセスの場合論文閲覧が可能です。)

[1] M. Yamanouchi, D. Chiba, F. Matsukura, and H. Ohno, Nature 428, 539 (2004).

[2] M. Yamanouchi, J. Ieda, F. Matsukura, S. E. Barnes, S. Maekawa, and H. Ohno, Science 317, 1726 (2007).

[3] A. Kanda, A. Suzuki, F. Matsukura, and H. Ohno, Applied Physics Letters 97, 032504 (2010).

 

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