強磁性半導体FET
大野研究室では、(In,Mn)Asをチャネルにもつ電界効果型トランジスタ構造(FET)を作成し、物質の強磁性-常磁性を制御することに世界で初めて成功した。ゲートバイアス±125Vによる転移温度の変化は約±1Kであり、温度によらず可逆的に強磁性-常磁性スイッチが可能な温度領域が存在する。これらの実験結果は平均場近似を用いた理論計算でほぼ説明できる。

強磁性半導体の強磁性状態は、光という外部因子で操ることができることはすでに明らかになっていたが、強磁性半導体FETの研究により、電界という新たな自由度が加わった。この技術のみでも磁気メモリ(MRAM)などへの応用が考えられるが、今後はこのような新しい技術との融合により、まったく新しいデバイスを生み出す可能性が大いに期待できる。

強磁性?半導体?FET?
導体にはダイヤモンド構造をもつシリコン(Si)や、V族とX族の元素からなる化合物半導体のガリウムヒ素(GsAs)をはじめ、いろいろな種類があります。半導体は共有結合で結晶をつくっており、結合に使われている電子を放出すると、電子の抜け落ちたところにホール(正孔)ができ、これらの電子とホールが電気伝導に寄与しています。電気伝導に寄与している電子とホールを「キャリヤ」とよく呼びます。電子の多い半導体を「n型半導体」、ホールの多い半導体を「p型半導体」といいます。
F ETは"field-effect transistor"の略で、電界効果トランジスタのことです。FET構造は、半導体表面に絶縁膜を介して電極をつけたものです。この電極をゲートといい、ゲートに電圧を加えると、半導体表面にキャリヤが集まり、電荷が静電的に誘導されます。ゲート電極にプラスの電圧をかけると、半導体表面の電子濃度が大きくなり、マイナスに帯電します。逆に、マイナスの電圧をかけると、半導体表面のホール濃度が大きくなり、プラスに帯電します。
磁性は、わかりやすく言えば磁石のことです。磁場を作用していないときでも磁気モーメントをもつことを自発磁化といい、そのような物質を強磁性体といいます。自発磁化は、電子の自転によるスピンの向きが整列している状態です。マンガンMnや鉄Feなどの物質は強磁性体です。
強磁性は物質内の電子スピンの向きがそろっているという秩序により発現しているので、その秩序が乱れれば強磁性ではなくなります。電子スピンがバラバラな状態を常磁性といい、物質全体で電子スピンの向きを平均化すると自発磁化はなくなります。この秩序は熱により乱れるので、強磁性・常磁性の状態変化(相転移)は温度で決まります。温度が高くなると、電子の熱運動により秩序が乱れるので、ある温度を境に常磁性となります。この境となる温度を転移温度またはキュリー温度といいます。
強磁性半導体とは、半導体中に磁性を持つ不純物原子(Fe, Co, Mn etc.)を混入した物質で、半導体と磁性体の特性が互いに関連した特異な性質を持ちます。

強磁性半導体電界効果型トランジスタ
強磁性体は、熱という外部因子で強磁性と常磁性を制御することができます。強磁性半導体電界効果型トランジスタ(FET)では、外部因子とし電圧で強磁性・常磁性を制御することができます。これは、温度一定の状態でも、FETのゲートに加えた電圧で転移温度を変化させていることになります。

強磁性半導体FETの構造は、GaAs基板上にスペーサーをはさんで強磁性半導体となるインジウムマンガンヒ素(In,Mn)Asを結晶成長します。(In,Mn)AsはMnがホールを放出するp型半導体です。ホール濃度が大きいほど、転移温度は高くなります。(In,Mn)Asの上に絶縁膜となるSiO2をはさんでゲートをつけます。このFET構造で低温においては、ゲートにマイナスの電圧を加えると、(In,Mn)Asのホール濃度が大きくなり強磁性となり、プラスの電圧を加えると、(In,Mn)Asのホール濃度が小さくなり常磁性となります。
(In,Mn)As FET構造における電界制御強磁性の概念図
電界制御強磁性
ゲート電圧Vgがマイナスのときは、強磁性半導体のホール濃度が大きくなり強磁性(Ferromagnetic)となります。逆に、ゲート電圧Vgがプラスのときは常磁性(Paramagnetic)となります。下側のグラフにおいて、B は外部磁場、M は磁化です。強磁性のときは図のようなヒステリシスループと呼ばれるものが観測されます。

実際に強磁性半導体FETができるまでの行程は、スーパークリーンルームの中での作業と実験室での作業に分かれます。これらの概要は下のようになります。
強磁性半導体FETの作成と特性評価
強磁性半導体の結晶成長 スーパー
クリーン
ルーム
FETプロセス
配線 実験室
磁化測定
FETプロセス
ホールバー形成 試料表面をホールバーパターンに削る。
(エッチング)
絶縁膜塗布 試料表面に絶縁膜となる溶液を垂らし、
遠心分離で表面に均一に塗り、加熱して固める。
電極穴開け 配線部分の絶縁膜を除去する。
ゲート電極蒸着 試料表面に金の蒸気を飛ばして付着させ、
ゲート電極以外の不要部分の金をはがす。


ホールバー 測定は、ホールバー(右図)のソース(S)-ドレイン(D)間の面方向に電流を流し、面直に磁場を加えたときのホール抵抗とシート抵抗(面抵抗)の磁場依存性を測定します。その際、ゲート(G)にプラスとマイナスの電圧を加えてキャリヤ濃度を変化させた場合の特性も測定します。下図に測定から得られた結果を説明します。

(In,Mn)As FET構造の磁気特性
ゲート電圧印加時の磁化特性
異なるゲート電圧時のホール抵抗(RHall)と磁場(B)の関係
22.5Kにおいて、ゲート電圧が+125V、0V、-125Vのときのホール抵抗の磁場依存性の測定結果です。プラスのゲート電圧によりキャリヤを減らすことで(In,Mn)Asの強磁性的秩序が消え常磁性になり、マイナスのゲート電圧により強磁性的秩序がより強く誘起されます。強磁性的秩序が強くなるにつれクリアーなヒステリシスループが観測されます。
ホール抵抗の温度依存性
異なるゲート電圧時のホール抵抗(RHall)の温度依存性
ホール抵抗(RHall)が0となるときの、ゲート電圧が+125Vと-125Vの間の範囲が、電界により強磁性-常磁性状態間のスイッチが可能な領域となります。転移温度の変化量はだいたい25.5Kから27.5Kまでの約2Kとなります。よって、ゲート電圧が0Vの状態から転移温度を約±1K変化させることができます。


今後の強磁性半導体FETの研究には、強磁性-常磁性状態間スイッチが観測できる温度領域を広げる、(Ga,Mn)Asで強磁性-常磁性状態間スイッチを観測する、低電圧動作が可能な構造の考案、微細加工技術を用いた構造、他の物理現象との融合などがあげられます。
これらの研究は低温での観測が中心であるが、室温動作を目標に、強磁性金属では実現できないデバイスに発展していくことを期待しています。

電界アシスト磁化反転
(In,Mn)Asをチャネル層にもった電界効果型トランジスタ構造においては、ゲート電界で等温可逆的に強磁性-常磁性状態間のスイッチングができるだけでなく、保磁力(磁化反転に必要な磁界)も変化させることができます。このことを利用すると磁化反転させる時にゲート電界で保磁力を小さくすれば、小さな磁界で磁化反転をさせることができます。現在の磁気メモリデバイスでは外部磁界を印加することで磁化を反転し、書き込みが行われています。しかし素子サイズの減少とともに磁化反転に必要な外部磁界が増加し、その磁界を発生するために必要な電流が増大するという問題が生じています。電界アシスト磁化反転は、磁化反転に必要な磁界をゲート電界で小さくすることができるため、書き込みに必要な磁界、またそれを発生するために必要な電流を減らすことができると期待されます。

(In,Mn)As FET構造における電界アシスト磁化反転


電界アシスト磁化反転の模式図


(1) 保磁力より小さな磁界では磁化反転しない。
(2) ゲート電界によって保磁力を小さくすると弱磁界で磁化反転する。
(3) ゲート電界をオフし磁界をゼロに戻しても磁化の方向は安定(磁化反転終了)。

実験結果

ホール抵抗の時間依存性。挿入図はゲート電界がそれぞれ-1.5MV/cm(赤)、0V/cm(黒)の時のホール抵抗の磁場依存性。 (In,Mn)As FET構造においては、マイナスのゲート電界でホール濃度を増加させると、ゲート電界がない場合に比べて保磁力が大きくなります(挿入図参照)。まずマイナスのゲート電界を印加した状態でプラスの方向の磁界を印加して磁化の方向をそろえ、保磁力より小さな磁場(-0.2 mT)を印加した状態を用意します(t = 0 s)。この状態で外部磁界は保磁力より小さいため磁化は反転しません。t = 25 sにゲート電界をゼロにすると保磁力は小さくなるため、印加しておいた外部磁界によって磁化が反転します(ホール抵抗はプラスからマイナスに変化します)。このようにゲート電界を利用することで、磁化反転に必要な磁界をおよそ1/2にすることができます。

今後の強磁性半導体FET構造の研究目標として

●強磁性-常磁性状態間スイッチが観測できる温度領域を広げる
●(Ga,Mn)Asで強磁性-常磁性状態間スイッチを観測する
●低電圧動作が可能な構造の考案
●他の物理現象との融合 を考えています。

現在のところ低温での実験が中心ですが、室温動作を目標に、強磁性金属では実現できないデバイスに発展していくことを期待しています。


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