半導体中の電子スピンと核スピン偏極,
1.研究目的
従来の半導体エレクトロニクスは、半導体中の電子の電荷といった物理量を用いてその情報の伝達や記憶 を行ってきました。電子には電荷の性質以外にスピンといった磁気的な性質をも持ち合わせています。こ
のスピンといった性質は電子だけでなく、特定の原子もその性質を持っています。近年、半導体を用いた 量子コンピュータが提案されて以来、半導体中の電子スピンと核スピンを制御することが重要となってき
ました。そこで、我々の研究室では、電子スピンの歳差運動を透過型時間分解ポンププローブ法と時間分 解ファラデー回転法によって直接観測することで、電子スピンだけでなくその近くで相互作用している核
スピンの影響をも調べている。半導体中の電子スピン、核スピンのダイナミクスの解明に向けて、ピコ秒、 フェムト秒の時間領域での測定を行っています。
2.研究内容
ラーモア歳差運動
さて、電子スピンは磁場中で歳差運動しますが、その歳差運動の周波数 は
で表すことができます。ここで外部磁場を 、
は電子のg因子と呼ばれるもので電子の周りの環境で異なります。
はボーア磁子といった定数です。歳差運動の周波数は磁場の大きさに比例します。この周波数はラーモア周 波数、またこの運動をラーモア歳差運動と一般に呼ばれています。(図参照)
3.透過型時間分解ポンププローブ法1
我々が用いているGaAs/AlGaAs量子井戸などは、磁場数ではラーモア歳差運動の周期が 100ps程度です。ではその短い時間のラーモア歳差運動を直接観測するためにはどのよう
な測定をしたら良いのでしょうか?通常このような超高速現象は、フェムト秒のパルス レーザーを使用したポンププローブ法によってダイレクトな観測が可能です。通常、電子
スピンはそれぞれバラバラな方向を向いていますが、まずそれらを揃えるために、第一の 円偏光パルス(ポンプ光)を試料に照射します。円偏光パルスをあてた直後は伝導帯中の
電子スピンの向きは揃っています。その後、電子は外部からの磁場を感じて、いっせいに 歳差運動を始めます。第一の円偏光パルスをあてたΔt秒後に第二の円偏光パルス(プロー
ブ光)を照射します。このポンプ光とプローブ光の時間差は、ポンプ光とプローブ光の光路 長を変化させることで制御できます。つまり電子スピンの歳差運動は、このプローブ光の透
過強度の光路長依存性を測定することでその様子が観測できるのです。(図参照)
4.時間分解ファラデー回転法2
時間分解ファラデー回転法の原理は透過型時間分解ポンププローブ法とほとんど変わりありませんが、 異なる点といえばプローブ光には直線偏光を用いていて、ファラデー回転角を検知することで電子のラー
モア歳差運動を観測します。実際の測定系では、感度を上げるために試料の後に2/λ板を挿入し、直線偏 光を45°傾けてその縦成分と横成分の光の強度を観測することで電子のラーモア歳差運動を観測します。 <
5.g因子の異方性3
GaAsのようなバルクの結晶ではg因子に異方性がありませんが、量子井戸のような特殊な構造をもつと g因子に異方性が現れます。そのような試料では、試料の内部の電子が実際に感じる磁場の向き(有効磁
場)は、外部磁場と異なります。そして電子は有効磁場の周りを歳差運動し、また有効磁場の大きさも試 料を傾けることで変化するので歳差運動の周期も異なります。以下にそのg因子の異方性と有効磁場の関係
、試料を外部磁場に対して角度α傾けた状態で測定した結果を示します。試料は、n型変調ドープされた GaAs/AlGaAs単一量子井戸で測定法は時間分解ファラデー回転法を用いています。(測定条件は外部磁場
4T、T=135K)
6.電子と核スピンの相互作用3
電子スピンと核スピンは、相互作用を通してそれぞれのもっている角運動量のやり取りを行います。 詳細は省きますが、円偏光の光を用いて励起された電子スピンが緩和すれば、核運動量の保存から核ス
ピンが偏極されます。このような効果を一般にオーバーハウザー効果と呼んでいます。核スピンが偏極 されれば電子が核スピンから影響を受ける磁場(核磁場)が加わり(または減り)電子が感じるトータ
ルの磁場が変化します。
時間分解測定で観測されるラーモア歳差運動は、この電子が感じるトータルな磁場に対応しています。 オーバーハウザー効果によって電子が核スピンから磁場を受けた様子を示す実験結果を以下に示しま
した。核磁場の影響を大きくするために、g因子の異方性を利用し、試料を外部磁場から10°傾けてい ます。核磁場がゼロであるならば外部磁場をかけた場合と6Tかけた場合でラーモア周波数は変化しない
はずですが、ここでは核磁場の影響によって変化していることが分かります。
7.全光核スピン共鳴法2
では電子が外部磁場以外に受けた磁場は本当に核からの磁場でしょうか?その証拠として全光核スピン共鳴 の測定について述べます。試料には、76MHzの周期的パルスをに照射していますが、これによって電子のス
ピンは76MHzの周期で生成・消滅が繰り返されます。このことは、核スピンの立場からは、の交流磁場を受 けることと、同じことを意味します。ポンプ光とプローブ光の光路差をあるところでとめておいて、76MHz
の交流磁場が常に核スピンに照射されている状態で外部磁場を掃引すれば、試料中のスピンを持つそれぞれ の核からの磁気共鳴が観測されます。以下にその測定結果を示します。GaAs中には三つの異なる核スピンが
存在しますが、それぞれの核スピンからの共鳴が観測され計算と良く一致します。
References
[1]. Y. Ohno, R. Terauchi, T. Adachi, F.
Matsukura, and H. Ohno, Phys. Rev. Lett 83,4196 (1999).
[2]. G. Salis, T. D. Fuchs, J. M. Kikkawa,
D.D. Awschalom, Y. Ohno, and H. Ohno, Phys. Rev. Lett 86, 2677 (2001).
[3]. G. Salis, D.D. Awschalom, Y. Ohno,
and H. Ohno, Phys. Rev. B 64, 195304-1 (2001).
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