磁気メモリデバイスでは、高密度化による微細化にともなって磁化反転に必要な磁界が増加するため、磁界を用いずに電気的に磁化を反転させる手法が注目されています。我々のグループでは、強磁性半導体(Ga,Mn)Asにおいて、電気的な磁化反転手法の一つとして期待される電流誘起磁壁移動(電流による磁壁移動)についての研究を行い、構造で定めた領域(図2、図4(a))の磁化を電流によって再現性良く反転させる電流誘起磁壁スイッチングを実証しました。また電流誘起磁壁移動の研究は実験と理論の両面で活発に行われていますが、いまだその機構は解明されていません。そこで、その機構を理解する上で重要な、磁壁の移動速度を詳細に測定しました。
磁区と磁区との境界では、磁化局在磁気スピンの方向は一方の磁区の磁化の方向から、他方の磁区の磁化方向に徐々に変化しています。その局在磁気スピンの方向が変化している遷移領域を磁壁といいます。磁壁を移動させれば、一方の磁区が小さくなり、他方の磁区が大きくなるため、磁壁が通過した領域の磁化は反転します。
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素子は、膜面垂直方向に磁化容易軸(磁化が向き易い方向)をもつ(Ga,Mn)As表面を図2のようにエッチングし、面内に二つの段差を形成した構造です。(Ga,Mn)Asでは表面をエッチングすると、保磁力(磁化反転に必要な磁界)が変化します。本実験で用いた素子においては、保磁力の大きさは領域(II) < 領域(III)< 領域(I)の順になっています。そのため領域(II)と(III)の保磁力より大きく領域(I)の保磁力より小さい磁界を印加すれば、領域(I)と(II)の境界に磁壁を用意することができます。また、磁壁のエネルギは磁壁の面積に比例するため、膜厚の薄い領域(II)に磁壁を閉じこめことができると期待されます。
磁区はカー効果偏光顕微鏡を用いて観察することができます。図3左図にある磁区像において、チャネル上の暗い領域が裏から表方向の磁化をもつ磁区に対応し、白い領域が逆方の磁化をもつ磁区を表します。その磁区と磁区の境界が磁壁を表します。まず外部磁界を印加して領域(I)と(II)の境界に磁壁を用意します。図3の磁区像(a)から、初期状態において、確かに領域(I)と(II)の境界に磁壁を用意できていることが分かります。この状態で右から左方向に電流パルスを印加した後の磁区像が(b)です。この図から磁壁は領域(II)の右側の境界に移動していることが分かります。さらに続けて、逆方向に電流パルスを印加すると磁壁は領域(II)の左側の境界、すなわち初期状態に戻っていることが分かります。以上から、図2に示したような構造では外部磁界を用いずに領域(II)の磁化を電流で再現性良く反転できることが分かります。
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素子は図4(a)のような(Ga,Mn)As段差構造です。磁壁の移動速度を測定するために、領域(I)と(II)の保磁力に差があることを利用して外部磁界により段差境界に磁壁を初期配置しました。
そして、図(b)の矢印の方向に電流パルスを印加して磁壁を移動させました。本実験では、磁区像のコントラストを改善するため、電流パルスの印加前後の磁区像の差をとりました。
そのため、図(b)で示す磁区像は、磁壁移動によって磁壁が通過した領域のみのコントラストが変化した像となっており、
電流パルス印加後の磁区像のパルス幅wp依存性です。左列は初期状態において、領域(I)の磁化が画面表から裏方向を向き、
領域(II)の磁化が逆方向を向いています。右列は初期状態が左列とは逆の磁区配置になっています。
白い(黒い)領域は磁壁の移動によって磁化方向が画面裏から表(表から裏)方向に変化した領域を表しています。
左右どちらの磁区配置においても、磁壁は電流と逆方向に移動していることがわかります。
図(b)のコントラストが変化した領域の面積をチャネルの幅でわったものを磁壁の移動距離deffとして、
これをwpに対してプロットすると、図(c)のようにほぼ線形に変化することがわかりました。
そこで、この傾きを磁壁の移動速度(veff)としました。
図5が、磁壁の移動速度(veff)の電流密度(電流パルスの大きさをチャネルの断面積でわったもの)依存性です。
このグラフから磁壁が移動し始めるためにはある閾値以上の電流密度を印加する必要があり、
それ以上の電流密度においてveffは電流密度に対して線形に変化することがわかります。
また、温度が高いほど閾値電流密度は小さいこともわかりました。
そして温度107K、電流密度1.2x106A/cm2において最高で22m/sの磁壁移動速度が得られました。
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