私達の生活を支えている半導体デバイスは、電子の電荷を用いて膨大な情報の処理を行っています。しかし、もともと電子は電荷だけでなくスピンも有していましたが、今までそれらは利用されてきませんでした。このスピンの自由度を半導体中で利用することができれば、半導体が持つ自由度の高い構造設計と多様な制御・検出方法とスピンを融合させた新たな機能を持つデバイスの実現が可能となります。そのためには、まず、半導体中にスピンの揃った(=スピン偏極した)キャリアを生成する必要があり、私達の研究室は強磁性金属であるFeCoFeを用いて半導体へスピン偏極した電子を電気的に注入する実験を進めています。また、その検出を行ない半導体中におけるスピン偏極電子の特性について調べています。
 強磁性金属とは外部から磁場を印加していなくても磁化を発現している金属のことで、内部でスピンが揃っている金属のことを指します。強磁性金属中では、伝導に寄与するフェルミレベル(EF)におけるスピンの状態密度に差が生じており、スピンのupとdownの2つの状態に差が生じています。(図1)これに対し、半導体ではEFにおいてupスピンとdownスピンに差がないため、この平衡状態ではスピンの自由度は発現していません。半導体中においても両者の間に差を生じさせることができれば、内部にスピンを持たせることが可能となります。これを可能にする技術の1つがスピン注入であり、強磁性金属と非磁性半導体を接合させ、電流を流すことで行うことができます。


    

図1 : 強磁性金属と半導体の状態密度            図2 : スピン注入デバイスの構造



 2に電気的にスピン注入を行うための試料の構造を示します。強磁性金属でできた電極に電流を流すことで強磁性金属の磁化に沿った方向にスピン偏極した電子を非磁性半導体中に生成することが出来ます。
 生成されたスピン偏極電子の検出方法として我々が利用している方法はHanle効果を電気的に検出する方法です。生成されたスピン偏極電子は強磁性電極を含む端子間電圧と比例関係にあります。それを利用し、このスピン偏極電子を外部からの磁場でばらばらにした時の電圧の変化からスピンの状態を調べます。図3(a)のようにx方向にスピンを生成した状態で、それに垂直なz方向に外部磁場を印加すると、z軸を中心としてスピンが歳差運動をしながらばらばらになり失われていきます。その様子を表しているのが図3(b)の模式図であり、印加する外部磁場を大きくするとスピンに比例して大きくなる電圧が小さくなっていく様子がわかります。生成されたスピンが緩和してしまう時間τsの大きさによって、得られるV- Bzが変化することが知られており、得られた測定結果に対し理論式でフィッティングを行うことで生成されたスピンがどのくらいの間、半導体内に存在しているかを見積もることも可能です。




図3 : (a)Bzの磁場に対する、生成されたスピンS0xの歳差運動の様子
   (b)スピンより生じた電圧の外部磁場依存性(Hanle効果)     


 実際に作製した図2の試料に対して、外部磁場を±600 mTの範囲で変化させながら電圧の外部磁場依存性を調べました。電流±20 mA、温度10 Kにおいて、明瞭なHanle効果を観測しました。これは電気を流すことによってスピン偏極電子を半導体中に注入(生成)できたことを示しています。


   

図4 : Hanle効果の電気的検出




 また、磁気光学効果を利用した走査型の光学測定も行っています。これにより、半導体中に生成されたスピン偏極電子の拡散の観測もでき、半導体中のスピン偏極電子のダイナミクスを調べることが可能です。



図5 : スピン偏極電子に起因する偏向角の変化の空間依存性
Bzはスピン偏極電子を試料面直方向(z方向)に向けるためのもので
極カー効果によりスピン偏極電子を検出できるようにしています。
 



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