室温で動作するスピントロニクス
デバイスの実現を目指して

室温強磁性半導体薄膜の開発

1.はじめに

 実用化されている化合物半導体のなかでもっとも一般的なGaAs系半導体をベースとした 希薄磁性半導体の(Ga,Mn)Asや(In,Mn)As薄膜が、低温ではありますが強磁性を示すという ことは、希薄磁性半導体分野の発展にとって非常に大きな意義を持っています。それは、す でに確立された系半導体材料・デバイス作製技術を利用して、様々な角度から基礎物性研究、 デバイス応用研究ができるという点です。実際にスピン偏極発光ダイオードや強磁性半導体 が実現されて、その実用化への期待が高まっているのですが、(Ga,Mn)Asや(In,Mn)Asには 大きな課題が一つ残っています。それは、強磁性を示す温度領域(上限値をキュリー温度と いいます)が現状では室温より低いということです。つまり、これらのデバイスを動作させ るためには、組み込まれた(Ga,Mn)Asや(In,Mn)Asのキュリー温度以下にデバイス自身を冷 やさなければならないのです。これでは、応用範囲が非常に限られてしまいます。そこで室 温で動作するデバイスを目指して、理論と実験の両面から室温以上のキュリー温度をもつ希 薄磁性半導体薄膜を作る努力がなされています。(Ga,Mn)Asや(In,Mn)Asでは、磁性元素の Mn濃度や正孔濃度のより高い膜の作製技術の開発が進められていますが、このほかに、母体 となる半導体材料の探索も精力的に行われています。その中に青色発光ダイオード材料とし て有名なGaNがあります。

2.GaN系ワイドバンドギャップ半導体

 GaNはAlN、InNとあわせて”窒化物半導体と呼ばれる直接遷移型のバンド構造を持つ 化物半導体です。これらの混晶を作ることで、バンドギャップが6.28eVから1.95eV* の間の任意の半導体ができる可能性があります。このバンドギャップ範囲は、光にする と紫外から赤色まで可視のほぼ全域に渡ります。つまり、窒化物半導体発光素子でフル カラーディスプレイや白色照明などを作ることができることになります。また、バンド ギャップが大きいことと併せて、窒化物半導体に共通する性質である、高硬度、高熱伝 導性などの特長はこれらで構成された電子デバイスがハードな環境で動作できる”ロバ スト(robust)デバイス”になり得ることを意味します。

*最近、InNのバンドギャップが 0.9eVとの報告があり、さらに広い範囲の発光が得られる可能性が示されました。このように、光デバイス・電子デバイスとして高いポテンシャルを持つ窒化物半導体は、室温強磁性希薄磁性半導体の母体としても有望であることが2000年に理論的に示されて以来、 MnやFe、Niなどの磁性元素との混晶膜作成が様々な薄膜形成技術を使って試みられています。

3.Mn及びCrをドープしたGaN膜

 これまでにMn及びCrをドープしたGaNが分子線エピタキシ法により作製されています。現在、 これらの膜の磁気的性質・電気的性質を詳細に調べ、(Ga,Mn)Asのようなデバイス動作とその制御の可能性を探っています。